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ダーウィン

  • 秘密裏に約20年かけて進化論の研究を進めていく。最初に地質学者のチャールズ・ライエル、植物学者のジョゼフ・フッカーに生物の進化について研究していることを打ち明ける。
    • 当時「生物は進化している」という考えを持っているということは、殺人を犯したことを告白するのに等しかったという。
  • ブラジルのバイアで、生まれて初めて熱帯雨林に足を踏み入れた。
    • ダーウィンは動植物の豊かさと美しさに歓喜の心を抑えきれず、「この喜びを楽しいという言葉では表しきれない」としている。
    • 「熱帯雨林は音と沈黙の混和」と記している。
  • 進化論は種に優劣はないことを証明する論。
    • 奴隷制度への疑問が発表を後押ししたと言われている。
      • 偶然にも奴隷解放の父エイブラハム・リンカーンの生年月日がダーウィンと同じ。
  • ライエルの『地質学原理』を読み、大地が隆起したり沈降したりすることを知っていた。その原理をサンゴ礁にもあてはめ、その成り立ちを解明した。
  • 1859年に『種の起源』を発表。
    • 自然選択と性選択によって生物が進化するとした。
    • 生物は神の創造物で変化しないという考えられていた当時においては、この書は異端であった。
  • 敬虔【けいけん】なキリスト教徒だったダーウィンは、牧師になることを前提にビーグル号の航海に参加した。しかし航海中に、生物が進化によって誕生した証拠を目にしたことで、創造論を疑うようになる。帰国後は牧師にはならずに、進化論発表の準備にまい進した。
  • 若い頃、甲虫の採集に出掛けたときのことである。右手も左手も甲虫で塞がっているときに、もっと珍しい甲虫が手の届くところに現れた。3匹目を捕まえようとして、1匹をひょいと口に入れた。このとき、口に入れた甲虫が狭い場所に閉じ込められて、不快な液体を放出した。この甲虫が不快な液体を出すことは新しい発見だったという。
  • 症状ごとにコードを割り当てて、病気日誌をつけていた。
    • それによると、『種の起源』発表の7年前にあたる1852年は、病に伏せっている日と、元気に活動できた日がちょうど半々であった。

参考文献

  • 『知識ゼロからのダーウィン進化論入門』
  • 『人類にとって重要な生きもの ミミズの話』